毎日、素振りを1000本。
週に5回、道場に通い、誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。
それなのに――試合では一回戦負け。稽古では後輩にすら押される。打突は軽く、間合いは読めず、体は動かない。
「何が足りないんだろう…」
鏡に映る自分の顔は、疲れと焦りで歪んでいた。同期はどんどん昇段し、後輩は試合で結果を出している。自分だけが、取り残されている。
道場の帰り道、竹刀袋を肩にかけながら、こんな思いが頭をよぎった。
「もう、剣道に向いてないのかもしれない」
あなたも今、同じ闇の中にいるのではないだろうか。
なぜ、努力しているのに上達しないのか？
剣道のスランプは、突然訪れる。
昨日まで決まっていた面が入らなくなる。いつも取れていた小手が見えなくなる。体が重く、反応が遅れ、気持ちだけが空回りする。
そして多くの人が、こう考える。
「もっと練習すれば、抜け出せるはずだ」
朝、出勤前に素振り。昼休みに足さばきの確認。夜は稽古。休日は試合の動画を見返し、イメージトレーニング。
でも、変わらない。むしろ、悪化していく。
打突は力んで空振りし、構えは崩れ、呼吸は乱れる。先生からは「力が入りすぎている」と言われ、先輩からは「基本ができていない」と指摘される。
「こんなに頑張っているのに、なぜ…?」
その疑問が、焦りに変わり、焦りが恐怖に変わり、恐怖が諦めに変わっていく。
道場に行くのが怖くなる。稽古が終わった後、一人で残って素振りをしながら、涙がこぼれそうになる。
「このままじゃ、周りに申し訳ない」
「もう、剣道を辞めた方がいいのかもしれない」
あなたの心の中に、そんな声が響いていないだろうか。
「もっと練習する」では、絶対に抜け出せない理由
ここで、残酷な真実を伝えなければならない。
スランプから抜け出せない人の99%は、「間違った努力」をしている。
素振り1000本。筋トレ。走り込み。YouTube で試合動画を研究。
これらは、一見すると正しい努力に見える。実際、剣道の上達には必要なことだ。
でも――それらは、スランプを抜け出す方法ではない。
なぜなら、スランプの本質は「技術の問題」ではなく、**「心と身体の不一致」**だからだ。
あなたの脳は「こう動きたい」と命令を出す。でも、身体は別の動きをしている。この「ズレ」が、スランプの正体だ。
そして、このズレは**量を増やすことでは解消されない。**むしろ、悪化する。
間違った動きを1000回繰り返しても、間違った動きが身体に刻み込まれるだけだ。焦って稽古量を増やせば増やすほど、悪い癖が固定化されていく。
ある剣道七段の先生は、こう語っている。
「スランプの時に一番やってはいけないのは、焦って稽古量を増やすことだ。それは、道に迷った時に、地図も見ずに走り続けるようなものだ」
スランプの「本当の原因」を、あなたは見落としている
では、スランプの本当の原因は何なのか。
それは、**「自分を見ていない」**ことだ。
スランプに陥ると、人は「結果」だけを見るようになる。
「勝てない」「昇段できない」「技が決まらない」
そして、その結果を変えようと、必死に「量」を増やす。
でも、自分の「動き」を見ていない。
自分の「呼吸」を感じていない。
自分の「心の状態」に気づいていない。
例えば、あなたは今、こう答えられるだろうか？
- 構えた時、あなたの重心はどこにあるか？
- 打突の瞬間、あなたの呼吸は止まっていないか？
- 間合いを詰める時、あなたの視線はどこを見ているか？
- 相手が動く直前、あなたの身体のどこに力が入っているか？
答えられないなら、それがスランプの原因だ。
あなたは「剣道をしている」のではなく、「剣道の形を真似ている」だけだ。
竹が4年間、1センチも伸びない理由
ここで、一つの話をしよう。
竹は、種を植えてから最初の4年間、地上に1センチも伸びない。
農家は不安になる。「この種は不良品だったのでは？」「もっと水をやるべきか？」「肥料を変えるべきか？」
でも、竹は地上には見えないが、地下で根を張っている。
広く、深く、強靭な根を、じっくりと育てている。
そして5年目――竹は一気に15メートル伸びる。たった6週間で。
これは、剣道のスランプと全く同じだ。
あなたは今、根を張っている最中なのだ。
表面的には何も変わっていないように見える。試合には勝てないし、技も決まらない。周りはどんどん成長しているように見える。
でも、あなたの内部では、次のステージへの準備が進んでいる。
脳は新しい動きのパターンを統合し、身体は新しい感覚を記憶し、心は新しい境地を模索している。
心理学では、これを「プラトー効果」と呼ぶ。学習曲線における停滞期。でも、これは停滞ではなく、**「統合期」**だ。
スランプは、あなたが本気で強くなろうとしている証拠なのだ。
スランプから抜け出した人だけが知っている「3つの秘密」
では、どうすればスランプから抜け出せるのか。
スランプを突破した剣道家たちが共通して語る「3つの秘密」がある。
秘密1：稽古量を減らし、「観察」を増やす
逆説的に聞こえるかもしれないが、スランプの時こそ、稽古量を減らすべきだ。
週5回の稽古を週3回に。素振り1000本を500本に。
その代わりに、一振り一振りを、徹底的に観察する。
鏡の前で素振りをし、自分の動きを見る。スマホで動画を撮り、客観的に分析する。
「重心はどこにあるか？」
「肩に力が入っていないか？」
「足の運びはスムーズか？」
「呼吸のタイミングは合っているか？」
一流の剣道家は、稽古中に「自分を観察する第三者」を心の中に持っている。
あなたも今日から、自分の動きを「見る」稽古を始めてほしい。
秘密2：基本に立ち返り、「初心」を取り戻す
スランプに陥る人の多くは、基本を軽視している。
「基本はもうできている」と思い込み、応用や技の習得に走る。
でも、実は基本ができていない。
構えが甘い。足さばきが雑。呼吸が浅い。間合いの感覚が曖昧。
剣道の上達は、基本の深化だ。
初段の基本と、七段の基本は、外から見れば同じに見える。でも、その「質」が全く違う。
スランプの時こそ、初心者のつもりで基本に立ち返ってほしい。
正面素振り100本を、一振り一振り、丁寧に。
足さばきを、一歩一歩、意識して。
呼吸を、一息一息、深く。
そして、先生や先輩に「基本を見てください」と頼んでほしい。
恥ずかしがる必要はない。基本に立ち返ることは、弱さではなく、強さだ。
秘密3：「勝つこと」を手放し、「修行」を思い出す
最後に、最も重要な秘密を伝える。
スランプから抜け出せない人は、「勝つこと」に執着しすぎている。
「試合に勝ちたい」
「昇段したい」
「周りに認められたい」
これらの欲求は自然だし、悪いことではない。
でも、これらに執着しすぎると、剣道の本質を見失う。
剣道は「剣の道」と書く。それは「勝つ技術」ではなく、「人間形成の道」だ。
江戸時代の剣豪・宮本武蔵は、連戦連勝の後、スランプに陥り、洞窟に籠って瞑想と内省を重ねた。
そして悟った。
「剣は、相手を倒すためにあるのではない。自分と向き合うためにある」
その後、武蔵は二刀流を編み出し、生涯無敗の剣豪となった。
スランプは、あなたに「剣道の本質」を思い出させるために訪れる。
「勝つこと」を手放し、「今この瞬間の一振り」に集中する。
「結果」を手放し、「過程」を楽しむ。
「周りの評価」を手放し、「自分との対話」を深める。
その時、スランプは終わる。
スランプの先に、本当の強さがある
ここまで読んで、あなたはこう思うかもしれない。
「でも、本当に抜け出せるのか…?」
大丈夫だ。必ず抜け出せる。
なぜなら、すべての一流剣道家は、スランプを経験しているからだ。
スランプを経験せずに強くなった人は、一人もいない。
あるオリンピック金メダリストの剣道家は、こう語っている。
「私のキャリアで最も重要だったのは、スランプの期間だった。そこで学んだことが、金メダルにつながった」
スランプは、あなたを本物の剣道家にするための試練だ。
ここで逃げれば、一生同じレベルに留まる。
ここで向き合えば、次のステージが開ける。
選択はあなた次第だ。
今日からできる、たった一つのこと
最後に、あなたに一つだけお願いがある。
明日の稽古で、素振りを10本だけやってほしい。
でも、その10本を、人生で最も丁寧に振ってほしい。
一振りごとに、自分の身体を感じる。
重心の位置を。呼吸のリズムを。筋肉の動きを。心の状態を。
そして、振り終わった後、こう自分に問いかけてほしい。
「今の一振りに、自分のすべてを込められたか？」
もし答えが「はい」なら、あなたはスランプから抜け出す第一歩を踏み出している。
もし答えが「いいえ」なら、もう一度振ってみてほしい。
量ではない。質だ。
結果ではない。過程だ。
周りではない。自分だ。
スランプは、終わりではない。
新しい始まりだ。
